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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)3077号 判決 1964年7月31日

控訴人(原告) 宗教法人東福院

被控訴人(被告) 厚生大臣

訴訟代理人 家弓吉己 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、別紙第一記載の趣旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、当審で、控訴人が別紙第二記載のとおりの要旨を付け加えて陳述し、(証拠省略)、被控訴人が「控訴人が従来その檀徒だけを埋葬していたという事実は認める。」と述べ、別紙第三記載のとおりの要旨を陳述した(証拠省略)ほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一、被控訴人が控訴人主張のとおり本件通達を発したことは当事者間に争がない。

控訴人はこの通達の内容は違法であり、控訴人の権利を不当に侵害するものであるから、その取消を求める旨主張する。しかし当裁判所はつぎの理由により、本件通達は行政訴訟の対象となる行政処分ではないから、本件は不適法であると解する。

二、およそ行政訴訟の対象となる行政処分は、行政庁が公権力の発動としてなす行為で、国民の権利義務または法律関係に直接法律上の効果を及ぼすものであることを要する。国家行政組織法第一四条第二項によれば、各大臣、各委員会及び各庁の長官は、その機関の所掌事務について、命令または示達するため、所管の諸機関及び職員に対し訓令または通達を発することができるのであり、その目的はこれによつて行政上の事務取扱の基準を示し、法令の解釈を統一することにある。すなわち通達というものは、元来行政官庁が所管の諸機関及び職員に対して発するものであつて、行政機関内部を拘束する(ただし例外的な場合を除き法規としての効力を有しないことはいうまでもない)が、国民に対しては拘束力がない。本件通達も、被控訴人から都道府県指定都市衛生主管部局長に宛てて発せられたものであり、その内容は被控訴人が従来墓地埋葬等に関する法律第一三条に関し、昭和二四年八月二二日付で東京都衛生局長宛ての回答(以下旧通達という)に示したとおり「従来から異教徒の埋収蔵を取扱つていない場合にはその仏教宗派の宗教的感情を著しく害うおそれのある場合には、同法第一三条の正当の理由があるとして墓地の管理者は埋葬を拒んでも差支えない。」との見解(旧通達が発せられていることは、当事者間に争がない)を改め、今後は法制局第一部長の昭和三五年二月一五日付回答の趣旨に沿つて解釈運用することにしたことを明らかにすると同時に、諸機関においてもこの点に留意して遺憾なく埋葬に関する事務処理をなすよう求めたものであると解される。これを受けた衛生主管部局長、さらにその管下の保健所長等は、これに従う義務を生ずることはあつても、その形式上一般の国民に対し直接何らの法律上の効果を及ぼすことはない。

三、控訴人は「本件通達は行政官庁が一般統治権に基づいて人民に対し受忍の義務を命じているのが本来の実体である。」「本件通達は従来慣習法上認められていた異宗派を理由とする埋葬拒否権の内容を変更し、一般第三者の埋葬請求を受忍する義務を新しく控訴人に負わせたから、控訴人に対しても直接かつ具体的に法律上の効果を生じている。」旨主張している。

しかしながら、本件通達はその形式内容のいずれをみても、前記のとおり行政官庁がその内部における事務処理の必要上、所管の諸機関等に対して発せられたものと考えるほかはなく、法律上控訴人に義務を課したとする余地はない。控訴人のいう実体とは、後にふれる事実上の不利益を指すものと解される。

四、また、控訴人主張の埋葬拒否に関する慣習上の取扱を法律上権利として認むべきかどうかは別として、本件通達はこれに何らの法律上の効果を及ぼすものではない。本件通達が発せられるに至つた経過及び明治二五年に旧通達と同旨の行政解釈がなされている点に関しては、原判決の認定するとおりであるから、これを引用する。右認定事実と弁論の全趣旨によれば、控訴人主張の右慣習上の取扱すなわち控訴人のいうところの埋葬拒否権は、古くから行われ、明治年間に行政庁によつても是認されていたもので、旧通達もその慣習的事実を尊重し是認したものにほかならないから、旧通達によりはじめて発生したのではない。もつとも、旧通達の行われてより本件通達まで一〇年余りの年月が経過しているから、旧通達がこれを是認したことにより、国民一般の法的確信を得て慣習法となることも考えられようが、それは長い年月の経過をまつてはじめて起ることであつて、旧通達により直ちに一個の権利が発生することがないことには変りがない。これと同様に本件通達の趣旨が実施されて、一般の法的確信を得るに至れば、新しい慣習法が発生することもあるいは考えられるかもしれないが、本件通達により直ちにそのような効果を生ずるとはいえない。

五、つぎに控訴人は本件通達により直接かつ具体的な損害を被つていると主張し、その事例として、控訴人の承諾がないのに他宗派の者が控訴人の宗派の典礼によらない埋葬を強行するという事件が既に発生し、将来も続発のおそれがあること、墓地及び埋葬に関する従来の慣習が混乱せしめられており、ひとたび混乱に導かれると往昔の清浄な状態に復帰することは至難であること、前記のような事件の発生に際して、本件通達が発せられているため、控訴人所在地を管轄する被控訴人の管下の行政庁、警察、検察庁がこの通達の趣旨に従つて処置することになり、不利益な取扱いを受けており、将来も受けるおそれがあることなどをあげている。しかしながら控訴人主張のような事件が発生し(既に生じていることは、原判決が認定するとおりである)、またはそのような事態を招来これらにより控訴人が何らかの損害を被つていると仮定しても、その損害は本件通達により直接被つたものではないことは、その主張自体に徴して明らかなところである。それは、本件通達が従来の取扱を否定したため、諸官庁もこれに従つて従来と異なる取扱をし、あるいは旧檀徒等が本件通達を盾にとつて埋葬請求をするために生ずるかもしれない事実上の不利益であり、それは本件通達による行政解釈の変更に基づく間接的影響に過ぎない。

六、わが国の法制においては、被控訴人が主張しているように、行政庁がこの通達に従つて何かの行為を外部に表示し、その行為によつて控訴人の具体的権利義務または法律関係に変動を生じた場合に、はじめてその外部に表示された行政処分自体に対し、その違法を主張して行政訴訟を提起することができるのである。

仮りに控訴人の主張するように、都道府県指定都市衛生主管部局長から本件通達を伝達された保健所長が、一般的に右通達の趣旨をある寺院に伝えたものがあつたとしても、それだけではこれをもつて行政処分といゝ難く、しかも控訴人に対してはこのような伝達もなされていないことは控訴人自らの主張するところである。また控訴人の主張するように、右通達が新聞その他の報道で寺院側に知れたとしても、これによつて控訴人の具体的権利義務または法律関係に変動を生じたものともいえない。

控訴人が先に主張したような埋葬の請求または強行の事実があつた場合、行政庁が何らかの行政処分をして控訴人に不利益を与えたことがあるとすれば、その個々の事件について訴訟を提起するよりほかに途はない。法第二一条違反の有無に関しても、具体的事件について裁判所が判断するところであつて、裁判所が本件通達に拘束される理由はなく、その他本件通達により控訴人が埋葬受忍の義務を強制されたとはいえない。

七、さらに、控訴人主張のように控訴人その他の仏教寺が経済的消極性を守る性格を有し、個々の訴訟を追行する能力を有せず、また行政庁第三者等の行為により個々の侵害が起つた場合にはじめて訴訟上の保護を求めるのでは、権利保護の実効があがらないおそれがあると仮定しても、本件通達の性質及び行政訴訟の制度上この通達自体の違法を争うことは許されない。

八、その他控訴人の主張について検討を加えてみても、本件通達により控訴人の権利義務及び法律上の地位につき直接何らかの法律上の不利益を与えるような点は発見できない。したがつて、本訴は現行法上許されないものであり、本件通達が違法であるかどうかの点につき審理する必要を認めない。

これと同趣旨にでた原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 渡辺一雄 太田夏生)

(別紙)

第一控訴の趣旨

一、原判決を取消す。二、被控訴人は昭和三五年三月八日付衛環発第八号厚生省公衆衛生部長発各都道府県指定都市衛生主管部(局)長宛「墓地埋葬等に関する法律第一三条の解釈について」の通達中「宗教団体の経営する墓地についてその管理者が、埋葬または埋蔵の請求に対し請求者が他の宗教団体の信者であることを理由に、これを拒むことは別添昭和三五年二月一五日の法制局一発第一号法制局第一部長から厚生省公衆衛生局長宛になされた回答を採用して依頼者が他の宗教団体の信者であることのみを理由としてこの求めを拒むことは「正当の理由」とは認められないであろう」という趣旨は、これを取消せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二控訴人の主張

一、本件通達は「単に行政庁相互間の意思表示で、控訴人その他の仏教寺院に対し間接的関係もしくは状態におかれるものに過ぎない」という見解は、つぎの理由により誤つている。

この通達はその全趣旨からみて、法律上の見解を示した部分と、慣習に準拠して墓地管理権を行使している仏教寺院に対し慣習の撤廃もしくは変更をしなければならないとする主務官庁の命令を包含しているものである。

その実施状況は、被控訴人からこの通達を受けた都道府県指定都市衛生主管部局長は例外なく管下保健所長にこれを移牒しているが、この移牒を受けた保健所長は積極的に書面で寺院に対し直接に伝達し、または寺院の属する仏教会長を通じて伝達するものもあるが、その多くは新聞報道その他によつて寺院側の知るに委せたり、会合などの際口頭で説示したりするものとがある。この場合衛生主管部局長の保健所長に対する移牒は本件通達の来たことを伝達する行為に止まり、自ら行政処分をしたものではなく、保健所長も右のごとく多くは社会的周知の結果を援用すれば効力発生に妨げないという態度にでている以上、本件通達は部局長の移牒行為を条件として部局長あてに通達されたとき、寺院に対し直接その効力を発生しているものと考えられる。すなわち、本件通達は下級行政庁の処分を待つて具体化するものでなく、その通達のみをもつて事足りる性格を有し、行政処分に等しい効力を有している。これを受けた下級行政庁はこれによるべきか否かを選択する権能はないから、その意味で本件通達は単なる行政解釈を発表したという消極的なものではなく、下級行政庁を通じてのことではあるが、控訴人ら仏教寺院に対し直接執行力を伴つているものと認められるべきである。

それゆえ、仏教寺院は右の慣習の撤廃もしくは変更の命令に服従することを要求されていると考えねばならず、そのことは通達を書面等で通知された一部少数寺院に限定されるものではない。本件及び別件でこの通達の効力を争つている鷄足寺を管轄する真岡保健所長、東福院を管轄する四谷保健所長はいずれもこれを寺院に通知する方法をとらなかつたが、右保健所長らは特にこの通達の趣旨を不適当と認め、処分または執行を留保するという態度をとつているとは考えられず、かえつて多くの保健所同様にこの通達の性格上あらためて管内寺院に通知する必要を認めず、社会的に周知されるをもつて十分であると考えていたと了解される。したがつて、控訴人もこれを了知した以上、主務官庁の行政指示としてこれに従わねばならぬという義務が予定されていると考えるのが当然である。

本件通達の墓地管理者が慣習法上有した正当拒絶権を剥奪否認の効力は寺院が通達の趣旨を了知したとき発生している。

二、本件通達により控訴人が直接損害を被るとする主張について、つぎのとおり補足する。

控訴人ら寺院の寺有墓地に対する管理の内容は、既に主張しているとおりであつて、これは古来からの慣習を伝承して今日に至つているが本件通達の発せられた当時においてはつぎのようになつていたのである。

墓地埋葬等に関する法律(以下法と略称する)第一〇条第一九条により墓地管理権すなわち墓地の経営権は都道府県知事の許可にかかつており、知事は墓地の全部または一部の使用制限をすることができるのである。そして保健所の墓地管理に対する立場をみると、墓地経営に関係のある事業は昭和二二年九月五日法律第一〇一号保健所法第二条に定められた事項のうち(イ)環境衛生及び(ロ)公衆衛生事項に包含されていると解する外はない。そして同法第三条によれば地方公共団体の長は、その職権に属する前条各号に掲げる事項に関する事務を保健所長に委任することができる旨規定されているので、寺有墓地の経営管理上の全般にわたつて保健所に対し地方公共団体の長の委任があつたということはできないので、そのうち右(イ)(ロ)の事項に限つて事務の委任がなされていると考える外はない。このように考えると、墓地の経営管理に関しては右(イ)(ロ)の事項以外の管理内容に関しては保健所の受任以外の事項であり、これについては都道府県では知事に権限があることになり、結局その事務を主管する衛生局(部)長によつてその事務が処理されねばならない。

したがつて、前記のとおり本件通達が衛生主管部局長に通達され、さらに部局長から(イ)(ロ)の事項につき保健所長に移牒された以上、控訴人ら寺院に通知または伝達がなくても法第一〇条第一項により従来知事により許可されてきた墓地経営権の内容は、このときから結果的に変更され、その時まで各寺院所属の檀徒信徒だけが供用を受けるものとして接続してきた慣習を、法第一九条末段により所属檀徒のみの使用を制限し、一般に開放するに至つたものといわねばならない。以上のとおり、寺有墓地につき右条項における許可による権利を有していた控訴人ら寺院は、本件通達により直接現実に既得の権利の内容を一方的に変更され、供用慣習上こうして、控訴人その他の仏教寺院は被控訴人の昭和二四年八月二二日付回答においても認められていた法第一三条に関する正当拒絶権の変更を受け、いわゆる檀信徒になろうとしない一般第三者からの埋葬請求を受忍しなければならない義務を新しく負わされたことになるのである。

三、控訴人が、本件通達の発せられたことにより将来起るべき個々の権利侵害について訴訟上の保護を求め得ることはいうまでもないが、右通達の実施により損害を被つている以上本件の出訴は許されるべきである。

そして個々の事件において訴訟上の保護を求め得る余地があるという見解は、つぎの点を見のがしている。

元来寺院にとつて訴訟行為をすることは旧幕時代から原則的に禁止されていたのであり、現在そのような禁止から解放されているとはいえ、そのことは寺院の運営、墓地経営の慣習中に包含されている。また仏教寺院においては、その性格上経済的に消極性を守ることを使命とし、極力檀中に負担をかけないように運営してゆかねばならない。もし墓地管理権を侵害されようとする事案に直面し、裁判所に権利の保護を訴求しようとすれば、まず檀中にその協力や物質的援助を求めなければ出訴の能力が不十分である。所属宗派といえども、傘下寺院の訴訟を悉く担当する財力などあるはずがない。このような経済事情の基盤の上に立つのが寺院という宗教法人の現段階における顕著な特徴である。しかも相手は組織力と財力に優越を誇る宗教団体で、他宗に対し勝つか負けるかの挑戦で互譲や善意は期待できない。

このようにして、仏教寺院の性格慣習上その権利の保護は不十分となるおそれがあるし、またその古来の作法慣習に忠実であることが困難となるのである。

第三被控訴人の主張

控訴人の当審における主張を要約すれば、本件通達は、控訴人ら寺院に対し直接執行力を伴つているもので埋葬の受忍義務を生ぜしめたものであるから、行政処分として抗告訴訟の対象となりうるものであるというにある。

しかし、行政事件訴訟法が行政処分の取消変更を求める訴を規定しているのは公権力の主体たる国または公共団体がその行為によつて、国民の権利義務を形成し、あるいはその範囲を確定することが法律上認められている場合に、具体的の行為によつて権利を侵されたもののために、その違法を主張させ、その効力を失わせるためである。したがつて行政事件訴訟法上の行政処分といいうるためには、当該処分がそれ自体において直接の法的効果を生ずるものでなければならないことは、すでに最高裁判所判決の明示するところである。

ところで、本件通達は厚生省公衆衛生局環境衛生部長より各都道府県指定都市の衛生主管部(局)長に対し出されたものであつて、本件通達の後段に「従つて今後はこの回答の趣旨に沿つて解釈運用することとしたので、貴都道府県(指定都市)においても遺憾のないよう処理されたい。」と記載されてあるとおり、墓地埋葬等に関する法律の適用に当り、右環境衛生部長が各都道府県指定都市の衛生主管部(局)長に対し、その管下の職員に対し、その事務処理上右法律第一三条の解釈上留意すべき標準を一般的抽象的に指示したものに過ぎず、行政庁が直接控訴人に対して行つた対外的行為ではない。また、控訴人自身も認めておるとおり、本件通達を受けた都道府県指定都市衛生主管部局長は管内の保健所長らを通じて寺院に対し、右通達を書面で伝達して遺憾なきを期するという方法をとつたところもあるが、これは単に右通達の趣旨を知らせるにとどめたにすぎないものであり、大部分の府県は新聞報道その他によつて寺院側の知るに委せたのみで、別段の伝達行為やその他具体的な行為には何ら出ていないのである。

したがつて、本件通達自体によつて控訴人に対し直接埋葬義務を生ぜしめたわけのものではなく、その他控訴人の権利義務または法律関係に直接何らの効果を及ぼしているものではないのである。

よつて、本件通達は行政訴訟の対象となる行政処分に該当しないものとして本訴を却下した原審判決は正当であるから、本件控訴は棄却さるべきである。

以上

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